『地獄に堕ちるわよ』を見て、「島倉千代子さんが細木数子さんの愛した堀田を寝とったのは実話?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
結論からいうと、島倉さんと堀田のモデルとみられる堀尾昌志さんが男女関係にあったとする記述は存在します。ただし、それはノンフィクション作家・溝口敦氏の取材や関係者証言に基づくもので、当事者3人の公的証言や客観的資料で確定した史実ではありません。
島倉千代子が堀田を寝とったのは実話?
溝口敦氏の著書『細木数子 魔女の履歴書』には、島倉さんと堀尾さんが親密な男女関係になったとする趣旨の記述があります。2026年6月27日にPresident Onlineで配信された溝口氏の執筆記事でも、同居中に2人が親密になったと紹介されています。
また、日刊ゲンダイの2026年5月24日付記事にも、2人が「密通」したことがあったようだとの記述があります。いずれも溝口氏の取材や関係者証言をもとにした記述であり、島倉さん、堀尾さん、細木さん本人による公的な証言ではありません。
作品は冒頭で「事実を基にした虚構」と明示されています。ドラマの展開は、こうした著述や証言を下敷きにしている可能性がありますが、描かれた場面の細部まで史実として確定しているわけではありません。
堀田雅也のモデルは実在の堀尾昌志とみられる
生田斗真さんが演じる堀田雅也はドラマ上の人物名です。作品の公式資料では、細木さんが「生涯にただ一人愛した男」と紹介されています。
報道では、細木さんと長年関係を続けた人物として堀尾昌志さんの名前が挙げられています。『地獄に堕ちるわよ』の参考文献となった溝口敦さんの著書を紹介する記事でも、堀尾さんは細木さんと30年以上関係を続け、島倉さんの債務整理にも関わった人物とされています。
ただし、ドラマの堀田と実在の堀尾さんを一対一で完全に同じ人物とみなせるわけではありません。創作上の人物には、複数の実話や演出が組み込まれている可能性があります。
3人で暮らしたことは実話が土台になっている
公式プレス資料の年表には、細木さんが島倉さんの後見人となり、堀尾さんを交えた3人の共同生活が始まったと記されています。週刊文春の記事にも、細木さんが島倉さんの興行権を握っていた時期、3人が赤坂のマンションで暮らしていたとの証言があります。
3人が近い距離で生活していたという大枠には史実の下地があります。その共同生活の中で島倉さんと堀尾さんが親密になったと溝口氏は記していますが、同居の事実だけで男女関係が客観的に証明されるものではありません。
島倉千代子と細木数子の確執はなぜ生まれた?
2人の関係は、島倉さんが多額の負債を抱えたことをきっかけに始まりました。1977年ごろ、細木さんは債務整理を引き受け、島倉さんの公演や収入を管理する立場になったと報じられています。
当初は互いを親しげな呼び名で呼ぶほど信頼を深めた一方、やがて島倉さん側に「働いても借金が減らず、自分に何も残らない」という不満が生まれたとされています。負債額や返済額は資料や細木さん自身の説明によって幅があり、正確な総額は一定していません。
週刊文春やデイリー新潮の再録記事では、島倉さんの興行収入の扱いをめぐって不信感が強まり、2人は約3年で袂を分かったと報じられました。確執の中心として確かに語られているのは、恋愛のもつれよりも債務整理、興行権、収入管理をめぐる対立です。
絶縁したままではなく24年後に再会していた
2人の関係は、対立して終わっただけではありません。週刊文春によると、2004年、歌手生活50周年を迎える島倉さんと細木さんは約24年ぶりに再会しました。
細木さんは祝いとして現金300万円を渡し、島倉さんは着物を作ると礼を述べたとされています。同席者は、特別なしこりは残っていなかったと思うと証言しています。完全な和解だったかは当人にしか分かりませんが、ドラマで強調された激しい恩讐だけが2人の関係のすべてではなかったようです。
まとめ:寝とった説は実話と確認されていない
- 島倉千代子さんと堀尾昌志さんが男女関係にあったとする溝口敦氏の記述がある
- その記述は取材や関係者証言に基づき、当事者の公的証言や客観資料で確定した事実ではない
- 『地獄に堕ちるわよ』は「事実を基にした虚構」と明示されたドラマ
- 堀田雅也は創作上の人物名で、実在の堀尾昌志さんがモデルとみられる
- 細木さん、島倉さん、堀尾さんの共同生活には史実の下地がある
- 2人の確執の中心として報じられたのは借金、興行権、収入管理の問題
実在人物を描く作品では、取材で語られた出来事を土台に、会話や感情の動きが再構成されることがあります。今回の場面も、溝口氏の著書や2026年の執筆記事にある男女関係の記述を下敷きにした可能性があります。
一方、その関係は当事者の公的証言や客観資料で確定した史実ではありません。「すべて創作」とも「そのまま実話」とも決めつけず、取材に基づく一つの記述として受け止めるのが実情に近いでしょう。



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