斉藤里恵さんは、聴覚障がいを乗り越えて銀座でナンバーワンホステスとなり、現在は政治家として活躍する異色のキャリアを持つ方です。
そんな彼女は2010年に長女・栄万ちゃんを出産し、シングルマザーとしての道を選びました。
結婚せずシングルマザーとなった経緯や、元パートナーとの馴れ初め、そして子育てをしながら政治家として活動する現在の姿について、詳しく調べてまとめました。
気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
斉藤里恵がシングルマザーになる決断をした理由
今朝は、はあちゅうちゃんと橋本じゅりちゃんとブランチ
はあちゅうちゃんはシングルマザーとして奮闘しながら自分のブランドを立ち上げたり、じゅりちゃんは障がいのある方も自分らしく、明るく生きられる社会を目指して新たに事業をスタート!… pic.twitter.com/Oh7bSBjlQf
— 斉藤りえ (@riesaito2019) June 20, 2025
斉藤里恵さんは、2010年6月にハワイで長女を出産しましたが、正式に結婚はしておらず、出産前に交際相手と別れてシングルマザーとなりました。
この決断は、当時26歳だった彼女にとって人生の大きなターニングポイントでした。
妊娠が分かったのは2010年1月。妊娠6カ月であることを公表した際、すでに交際相手とは別れており、未婚の母として育てる決意を表明しました。
筆談ホステスとして活躍し、順風満帆に見えたキャリアの中での出産・子育ての決断は、多くの人々に驚きと共感をもたらしました。
出産後のインタビューでは、「出産って素晴らしいなぁと実感しています」と語り、母となった喜びを表現していました。
ただし、当初は「シングルマザー」という言葉にこだわらず、周囲の助けを積極的に受け入れていきたいとも話しており、肩ひじ張らずに子育てをしていく決意も見せていました。
交際相手との馴れ初めは?
出会いのきっかけは?
斉藤里恵さんと交際相手との出会いについて、詳しい経緯は公表されていません。銀座でホステスとして活躍していた時期に知り合ったと考えられますが、具体的な場所やタイミングについての公式な発表はありません。
公開されている情報から分かっているのは、交際相手は韓国籍の男性だったということです。
斉藤さんがハワイで出産を決めた理由の一つとして、「子どもには将来、世界で活躍できる道も選べるように」という思いがあり、アメリカ国籍・日本国籍・韓国籍という3つの国籍の選択肢を持たせたかったと語っています。
また、交際相手の身長は180cm以上あったそうで、娘の栄万ちゃんが出産直後の検診で「最低でも170センチにはなりますよ」と言われたエピソードからも、体格の良い男性だったことが伺えます。
交際期間について
斉藤さんは交際相手と正式に結婚することはありませんでした。妊娠が分かった2010年1月の時点で、すでに交際相手とは別れていたことが公表されています。
つまり、交際期間や婚約といった段階を経ずに、妊娠後すぐに関係が終わってしまったというのが実情のようです。妊娠7カ月を迎えた頃にはハワイでの出産を決めており、その時点で「一人で出産すると決めていた」と語っています。
ただし、出産後のインタビューでは心境の変化も見せています。2010年8月のインタビューでは「そう遠くないうちにこの子のパパと一緒に住もうと思っている。向こうも了承してます」と話しており、娘のために父親と共に暮らすことを検討していた時期もありました。
交際中はどんな感じだった?
前述の通り、斉藤さんは交際相手と正式に結婚していないため、「結婚生活」というものは存在しませんでした。妊娠が分かった時点で既に関係が終わっており、婚姻届を提出することはありませんでした。
出産後も、交際相手から養育費などは受け取っていなかったことが明かされています。インタビューでは「愛情をもらえてるだけで十分」と話し、自らの手で貯めたお金を切り崩しながら生活していたそうです。
斉藤さんは、小さな子どもを一人で育てるというプレッシャーがあったわけですから、その覚悟と強さには頭が下がります。
別れた理由や経緯は?
いつ頃別れた?
斉藤さんは交際相手と正式に結婚していなかったため、法的な離婚手続きは行われていません。
時系列を整理すると以下のようになります:
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2010年1月 | 妊娠6カ月であることを公表。すでに交際相手とは別れていた |
| 2010年6月24日 | ハワイで長女・栄万ちゃんを出産 |
| 2010年8月 | インタビューで「パパと一緒に住むことを検討中」と発言 |
妊娠が分かった頃、もしくはその少し前に交際が終わったと考えられます。その後ハワイに渡り、一人で出産準備を進めました。
妊娠7カ月という時期にハワイへ渡航する決断をしたこと自体、かなり大胆な行動だったと言えます。
別れた理由は公表されている?
交際が終わった具体的な理由については、斉藤さん本人から公式な発表はありません。プライバシーに関わる部分ということもあり、詳細は明かされていないのが実情です。
ただし、出産後のインタビューでは興味深い発言もあります。2010年8月の時点では「出産前は自分のことだけを考えていた。でも、栄万が生まれて、成長していくことを考えるとパパは必要だと思いました」と語っており、出産を機に考え方が変化したことが伺えます。
養育費を受け取っていなかったという事実は、経済的には完全に自立した状態でシングルマザーをしていたことを示しています。
その後の動向については公開情報が限られていますが、現在の斉藤さんは娘さんと二人暮らしを続けており、シングルマザーとして子育てと政治活動を両立させています。
シングルマザーを選んだ理由とは?
親権や子育ての決断
斉藤さんがシングルマザーとして出産・子育てを決めた背景には、いくつかの要因が考えられます。
まず、妊娠が分かった時点で既に交際相手とは別れていました。その状況で「私一人で育てる」と決意したのは、並大抵のことではありません。当時26歳、筆談ホステスとして順調なキャリアを築いていた斉藤さんにとって、妊娠・出産は人生の大きな転機でした。
ハワイでの出産を決めた理由について、彼女はこう語っています:
「子どもには将来、世界で活躍できる道も選べるようにと思い、日本国籍だけでなくほかにも選択肢があったほうがいいと考えました。アメリカ国籍を取得できる、いちばん近い土地がハワイだったのです」
この発言からは、娘の将来を第一に考えた決断だったことが分かります。日本・アメリカ・韓国という3つの国籍の選択肢を持たせることで、娘が将来グローバルに活躍できる可能性を広げたかったのです。
また、ハワイでの出産準備中には、友人たちが次々とサポートしてくれたエピソードも明かされています。評判の良い日本人医師がいる病院を調べてくれたり、ハワイまで同行してくれたり、現地での宿泊先を手配してくれたり。
「みなさんの協力があったからこそ、ハワイ出産ができたのです」という言葉からは、周囲の支えに感謝しながらも、自分の意志で決断したという強さが伝わってきます。
現在の子育て状況や生活は?
お子さんは何人?年齢は?
斉藤里恵さんには長女・栄万(えま)ちゃん1人がいます。2010年6月24日にハワイで生まれた栄万ちゃんは、2026年2月現在15歳で、中学3年生から高校生になる年齢です。
名前の「栄万(えま)」は、生まれる前から決めていた名前だそうです。後に「EMMA」はアメリカでもポピュラーな名前で、「神と共にいる」という意味もあると知ったそうで、偶然とはいえ素敵な名前ですよね。
出産直後の検診では、病院のスタッフから「最低でも170センチにはなりますよ」と言われたというエピソードも。父親が180センチ以上あったことから、その体格を受け継いだようです。斉藤さん自身は「大きくなったら見上げながら話をしなきゃなりませんね」と笑って語っていました。
現在、栄万ちゃんは母親の政治活動を支える大切な存在となっています。斉藤さんのX(旧Twitter)のプロフィールには「中3の愛娘を育てるシングルマザー」と記載されており、母娘二人三脚で歩んでいることが伺えます。
シングルマザーとしてのエピソード
斉藤さんのシングルマザーとしての日々は、喜びと苦労が混在したものでした。
幸せを感じる瞬間
出産直後のインタビューでは、こう語っています:
「ベッドで一緒に横になって、寝つかせる。すっかり寝入った彼女の寝顔を見ているときが、一番幸せ。出産って素晴らしいなぁと実感しています」
また、「朝6~7時くらいに栄万と一緒に起きます。一緒のベッドで寝るので、栄万が泣く前に動いて起きているのが横から伝わって、私も起きる」というエピソードからは、聴覚障がいがありながらも母子の絆で娘の気配を感じ取る様子が伝わってきます。
聴覚障がいがあるため、赤ちゃんの泣き声が聞こえない斉藤さんは、「シルクウオッチ」という赤ちゃんの声を拾って振動で知らせてくれる腕時計を使用していました。こうした工夫で子育てに向き合っていたのです。
子育ての苦労
一方で、シングルマザーならではの苦労も語っています。2019年のインタビューでは、こんなエピソードが紹介されていました:
「例えば今日、娘が水ぼうそうにかかり学校を1週間休むのですが、看病しようにも仕事は休めない。病気は急なことなので、シッターさんを見つけるのに一苦労でした。いつも3人ほどお願いができるようにしているのですが、どの人もすでに別件が入ってしまっていると、紹介などしてもらわないといけません」
働く母親として、どんな働き方をしていても安心して子育てできる仕組みが必要だと痛感したそうです。この経験が、政治家として子育て支援政策に力を入れるきっかけにもなりました。
娘との日常
栄万ちゃんは母親の障がいや社会の課題を身近で感じながら育ってきました。斉藤さんは「一緒に暮らしていく上で、様々な社会の障壁をわたしのそばで感じているので、助けられることも多いです。いつも頑張れって言ってくれるのが、私のモチベーションの源。娘の笑顔でもっと頑張ろうという気持ちになれます」と語っています。
休みの日は「娘孝行をしています。仕事でいつも一緒にはいられないから、楽しい時間を過ごせるように」と心がけているそう。最近は料理が好きな娘が玉子焼きやパンケーキを作ってくれるそうで、当時のブームは二人で人生ゲームをすることだったとか。
選挙活動の際には、娘が応援のために「選挙カーの上に立つお母さん」の絵を描いてくれたエピソードもあります。母親の挑戦を応援する健気な娘の姿が目に浮かびますね。
そんな娘との絆を大切にしている斉藤里恵さんですが、その美貌からとある有名人に似ていると話題になっています。
また筆談ホステス時代のエピソードもこちらの記事で詳しくご紹介しています。


斉藤里恵の簡単プロフィール
年齢や生年月日は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 斉藤 里恵(さいとう りえ) |
| 生年月日 | 1984年2月3日 |
| 年齢 | 41歳(2026年2月現在) |
| 出身地 | 青森県青森市油川 |
| 家族構成 | 長女・栄万ちゃん(15歳)との二人暮らし |
斉藤さんは1歳10カ月の時に髄膜炎という病気にかかり、その後遺症で聴力を完全に失いました。音のない世界で育ちながらも、両親の「みんなと同じように育てたい」という強い思いから、地元の学校に通いました。
主な経歴や活動
斉藤さんのこれまでの歩みを時系列でまとめます。
- 青森市立油川中学校卒業
- 東奥学園高等学校中退
- 小さい頃は口話でのコミュニケーションのため、毎日母と鏡に向かって発声の特訓
- 19歳で水商売の世界へ
- 2007年(23歳)に単身上京、銀座の高級クラブでホステスとして働く
- 筆談を駆使した独自の接客でナンバーワンの地位に
- 2009年5月、自叙伝『筆談ホステス』を出版(ベストセラーに)
- 2009年11月、青森市の観光大使に就任
- 2010年1月、TBS系ドラマ化(主演:北川景子)
- 2010年6月24日、ハワイで長女・栄万ちゃんを出産
- シングルマザーとして子育てをスタート
- 2010年7月、『筆談ホステス 母になる ハワイより61の愛言葉とともに…』出版
- 2015年4月、東京都北区議会議員選挙にトップ当選(過去最多6630票)
- 2019年7月、参議院議員選挙に立候補するも落選
- 2020年7月、東京都議会議員補欠選挙(北区)に立候補するも次点で落選
- 2021年7月、東京都議会議員選挙(大田区)で初当選
- 2025年2月、立憲民主党会派を離脱し無所属に
- 2025年6月、自由民主党から第27回参議院議員通常選挙に比例区で擁立されることが発表された
現在は聴覚障がいを持つ政治家として、障がい者福祉、女性の社会進出、ひとり親支援、教育などの分野で活動しています。
「耳が聞こえないハンディキャップがある私にしかできない役割がある」という信念のもと、当事者の視点から政策を訴えるスタイルが特徴です。
まとめ:斉藤里恵のシングルマザーとしての新たな人生
斉藤里恵さんについて、この記事で分かったことをまとめます。
- 2010年6月にハワイで長女・栄万ちゃんを出産し、シングルマザーに
- 交際相手とは妊娠が分かった時点で既に別れており、正式に結婚はしていない
- 「子どもに将来の選択肢を増やしたい」という思いでハワイ出産を決断
- 養育費は受け取らず、自力で生計を立てながら子育てをスタート
- シングルマザーとしての経験が、政治家として子育て支援政策に取り組むきっかけに
- 現在は15歳になる娘さんと二人暮らしで、政治家として活動中
- 聴覚障がいを持つ当事者として、障がい者福祉や教育、ひとり親支援などに力を入れている
斉藤里恵さんの「自分の人生を自分で決める」という姿勢や、困難に立ち向かう強さが、少しでも伝わっていれば嬉しいです。
聴覚障がい、シングルマザー、そして政治家という複数の「当事者性」を持ちながら、それを強みに変えて活躍している姿は、まさに多様性の時代のロールモデルですよね!
斉藤里恵さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



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